高いハードルは『くぐれ』

今日はJimmennusagi(ジンメンウサギ)さんについて語ります。彼の4thアルバム『LXVE 業放草』に収録されている『Tokyo』を聴いていたからというのもありますが(笑)この曲は、サラリーマンが酔いつぶれている駅構内や、電車内での席の取り合いなど、都会の駅でのありふれた情景を描写することで、無自覚なまま「Tokyo」という街に染まっていく様子を表現している曲だ。

現実がどうとかに囚われず、とにかく「やりたいことやる」という姿勢を体現しているジメサギは私にとって尊敬するラッパーで、語り尽くすとキリがない。「こうだから」じゃなくて「こうしたい」で物事を捉えるラッパー、そしてその中でも突き抜けているジメサギ。物事の捉え方を変えることが新しいことを創造する上で大事だということを、私はジメサギから学んだ。

元々ニコニコ動画でラップを配信していた方で、今は自分でレーベルを立てて、プレイングマネジャーとして活動している、異色派なのだ。最近では、AIさんのアルバムに客演参加して、ジャンルの垣根を超えた活躍を見せている(この前マックで流れていて感動)スタイルはすごく柔軟かつ挑戦的で、作品ごとに色んなラップを試していて、特に歌い方が特徴的で、USのトレンドにアンテナを張りつつ、それを上手く消化して自己流に落とし込んでいる。最近では、ラップ界の主流である『トラップ』をコンセプトにしたアルバム『ジメサギ』で、スキルと応用力の高さを証明した。(あまり一概にはいえないけど、売れてるラッパーは自分のスタイルを更新することを厭わない人が多い気がする)

具体的に彼の歌、ジメサギの『やれ』から一部歌詞を引用して。

やれ そのまま前に進め 高いハードルはくぐれ 分からなければググれ

「分からなければググれ」については、これだけハウツーが出回っていて、個人の気持ち次第である程度のことは独学で身につけられる現代において「分からないから」は通用しないし、言ってる間に「ググれ」ってことを言いたいんだと思う。ここもグッときたが、それ以上に斬新だったのは「高いハードルはくぐれ」だ。

この歌詞に入る前にジメサギは「俺も俺のゲームをしなきゃな」って歌ってるんだけど、このリリックを踏まえて「高いハードル」を「誰かが決めたルールに基づく、誰かによるゲーム」と解釈すると、前進するために、目の前のハードルを「飛ぶ」のが無理なら「くぐれ」ばいーじゃん、自分のルールに基づいたゲームしていこうぜっていうメッセージが「高いハードルはくぐれ」から読み取れる。頭が柔らかくないとこういった発想は生まれてこないだろうし、「こうあるべき」で物事を捉えてきた自分にとっては、「良薬口に苦し」といった感じだ。

自称「ラップ界のざわちん」ことジメサギ

今年も注目していきたい

『こうだから』ではなく『こうしたい』

「今こうだから」っていう現状追認じゃなくて、「こうしていきたい」っていう自分達の理想に基づいて現実を変えていこうとする姿勢を、私は多くのラッパーから学んだ。

ラップに出会うまでの私は、周りに「今こうだから」と言われると「そうなんだ」と何の疑問ももたずに素直に従っていた。そうやって生きる方が衝突も、誤解も無く、平穏に過ごせると無意識のうちに感じとっていたのだろう。

大人から言われた通りに過ごす。
友達と横並びで過ごす。

このスタンスで生きれば穏やかな海のような生活を送れる。それに逆らって突っかかっている同級生を見ると「もっと上手くやればいいのに」と思う事もあった。しかし、私の深い深い深部でも得体のしれない感情があり、時にそれは揺れとして表面化する事もあったが、向き合う事なく、それに目隠しをして生きる事を選択した。

大学に入り、ラップに出会って、視界が一気に広がった。今まで目隠しをして見てこなかったが、自分の中にも「こうしていきたい」があったのだ。自分の中にあるものを、臆することなく、感情をぶつけるサイファー。これには素直に憧れる。

自分達のイメージで街を捉えて遊びを生み出していくサイファーは、公園や駅前、ロータリー、高架下に集まる。ただ、サイファーの認知度はまだまだ低く、『ラップ=ガラが悪い』という印象を抱いている人がいるのも事実だ。駅前、ロータリーは他の通行人の迷惑にならないように、公園(特に夜間)は近隣住民に騒音迷惑にならないようにと配慮が必要になってくる。高架下はそもそも人が集まる場所ではなく(高架下に飲み屋などあれば話は別だが)電車が行き来する度に騒音もあるので、サイファーにはうってつけの場所ではないかと思う。このサイトを見ると、今後も高架は増えるだろう。そうなれば、サイファーも集まりやすくなるのではないだろうか。