寿命のろうそく

生きていれば、「それは前例が無いからだめだ」とか「やってきた人がいないから」とか言う人に出会うことがある。最近も、そんなふうなことを言われてしまった。だけど、世間で活躍している人や注目されている人は、その前例を作ってきた人だと思う。

前例が無いことはできないと思っている人たちは失敗することが怖かったり、行動することそのものが面倒に思ったりするのかもしれない。だけど、それは寿命のろうそくが少しづつ小さくなっていくのを、ただ待っているような生き方に見えて仕方がない。そんな他人の生き方を否定することもしないけれど、せめてこちらの邪魔はしないでほしいとも思う。黙って自分のろうそくが風に当たらないように守っていてほしい。

とはいえ、社会で生きていいく中で他人との関わりは必要であるし、力を借りないといけない場面はあるものだ。そういう時に上手く進められるように、こう思っていることは伏せている。

珍しく女性ラッパーの曲を聞いた。流行ったからかたまたま出会うことができた。
「前例が無いのが怖いかい ならお手本になりなさい」

なるほどそうか。自分の中にも少し、前例が無いことに挑戦するのが怖いという気持ちがあったということに気付かされた。そして、自分がやればいいのだと思った。
自分で責任を取れば、自分の自由にもできるのだ。そういう寿命のろうそくの燃やし方をしたい。

自分の信じた通りのやり方で

こうした方があなたのためだとか、期待されているのはこういうことだとかを最近は周りから言われることも増えてきて、そう言われるたびに本当にその人の言っていることは最適解なのか?自分の進むべき道なのか?とずっと疑問に思って小さな反骨心を持ちながら生きている。社会人になってもなお、反抗期が続いているような感覚さえある。とはいえ、世間体や社会の中での自分の立場を完全に無視することもできず、自己矛盾がひどくて気持ち悪いなと思っていた頃KREVAさんの『ichiban』を聴いた。他のアーティストにオファーされて作られた楽曲だそうだが歌詞が今の自分には刺さったのだ。
『時代のニーズとか 誰かの期待通りとか 一旦放置して信じた通りのやり方で 感じ方で』という言葉はこうしないといけないのか?でも自分の思うところは違うのにとがんじがらめになりそうな自分とっては小さな希望に思えた。周りのこととかは一旦おいておいて自分の思った通りの方向にまずは進んでみればいいし、それで失敗しても損はないと思えたらなんだかとても気持ちが楽になった。きっと、知らず知らずのうちに「~しなければ」という感覚に囚われていたのだろう。一人でできることはきっと限られているから、うまく周りを巻き込みながら自分の信じた道を進める強さが眩しいなと思った曲だった。
また「~しなければいけない」という感覚に囚われたときにはこの曲を聴こうと思う。

俺のサラメシ

今日はJEVAさんのことを書こうと思う。
いつだったか、NHKの「サラメシ」に出演していた。
その理由は彼のナンバー「サラメシ」。PVはほぼNHKの番組「サラメシ」。
サラリーマンの哀愁みたいなのも感じる。

JEVAさんは工場に勤めながらラッパーとして活動している。
共感する部分がありながら聞いた。声もいい。
気が付けば口ずさんでいるときがある。
イオンに行けば「イオン」、仕事で落ち込んだ時は「真ん中」、
頭の中で流れ続ける。

彼が「憧れのものに近づけるよりも、自分のうちにあるもので曲を作るほうがいい」とインタビューで語っているのを読んだ。
憧れから「こうなりたい」というのもきっかけとしては大切だが、結局はすべて自分の中から出てくる事。周囲がどんどん自分の成し遂げたい道を進んでいくのを見ると、焦りが出るが、もしかして「やりたいことをやる」という誰かの呪文にかかっているだけではないか?
ラッパーへの尊敬からくる、自分もそうありたいという思い。
それとは裏腹に「こうしたい」や「やりたいこと」を『見つける』ことにやはり縛られている。ネガティブに考えてしまうのは、社会人になって疲れが溜まっているのだろうか。

JEVAさんのように自分のうちにあるもので曲をつくるということは出来ないが、角度を変えて自分の中をみると、しっかりと自分の考えはあるし、すごい大きな事ではないが、日々やりたいことが実は溢れていたりする。日々のやりたいことの積み重ねが、うねりになり、さらに大きな波となって、どかんと自分の根幹をゆるがすような「何か」が出現すると思いたい。

そんな事を考えながら、今日も私は仕事へ行き、
♪中井貴一も来ない
♪哀愁漂う 冷えたサラメシ食べ、
♪おらが町にきた イオンに行く。

やりたいことってなんだ、教えてくれよ

世間に日常が戻り始めた。
コロナウィルスのワクチン接種が進んだこともあって、感染者数が徐々に減り、ようやく全国的に緊急事態宣言が解除。
もはや『緊急事態宣言』が「緊急」ではなく「普通」になりつつあった異常事態を、我々日本人はついに乗り越えられたのだろうか。

相変わらずマスク着用の状態ではあるが、居酒屋なんかも営業しだして、ちょっと飲みに行ったりはできるようになった。
町中の交差点で、すれ違う人々皆マスクをしている姿を見て、ふと、こんな光景の写真がきっと『世界的な感染症が流行』なんて説明付きで、将来歴史の教科書に載ったりするのだろうなと、思いを馳せたりした。

私はいわゆる『社会人』になった。
大学時代にラップに出会い、多くのラッパーから、自分の「こうしたい」を大事にする生き方を教えてもらったが、今の選択が正解なのかは正直わからなかったりする。
日常の中のちょっとした「こうしたい」に目隠しをしないようにすることは、昔より徐々にできるようになった気がするが、じゃあ生涯かけてやりたいことは?って言われたら、難しい。

というより、まだ20年やそこらしか生きていない、ぬくぬくと甘やかされて育ってきた世間知らずの大学生で、そんな明確な「やりたいこと」を持っているやつなんかいるのだろうか。
少なくとも自分の周りにはいない。そして私自身も例にもれず。

ANARCHYの『ENERGY DRINK』というナンバーに、こんなリリックがある。

やりたいことやってない奴が異常者

やりたいことをやれ、俺達はそうやって生きている、そんなことを歌うラッパーはたくさんいる。
そして私はそんな彼らの生き方をかっこいいと思うし、憧れる。
彼らはどうやって「やりたいこと」を見つけているのだろうか。教えてくれ…

なんて。社会人ブルーだろうか。

こんな時代だからこそ

更新に随分間が空いてしまった。そして、そうこうしているうちに、気づけば世界はすっかり変わってしまった。
コロナウイルスの猛威により、世間は混乱、生活は一変。マスクの着用や外出自粛が呼びかけられているが、その危機意識は若者から高齢者まででかなりの差があるように感じる。そんな中、ラップ業界にも動きがあった。

まずは、世界で活躍するラッパー、MIYACHI。彼が住んでいるニューヨークは、コロナウイルスにより多くの観光スポットが閉まり、店内での飲食も禁じられるなど深刻な影響を受けている。
Twitterで「今の世界の状態について曲を書きました」と延べ、3月20日に急遽リリースされたシングルのタイトルは『MASK ON』。
フェスやイベントのキャンセルや延期も相次ぐなど音楽シーンも打撃を受けている中、MIYACHは“曲中で、”コロナ死亡する 心配もうない オレらのsoulは生きてforever”と、コロナに負けない魂を訴えていた。

また国内では、フリースタイルダンジョンで一世を風靡した般若が、4月4日にYouTubeで新曲を公開した。『インダハウス』というタイトルのナンバーで、映像では「コロナ殺す!」と書かれた黒いマスクを着用した姿が印象的だった。
“みんな家を出るな マジで言ってんだ 今は本当我慢しとけ 家でNetflix観とけ 日常取り戻す その日が来るまで”、”家に居る事が今1番カッケーな”といった外出自粛を呼びかけるリリックが登場する。

こんな時代だからこそ、若者が支持するラップ業界だからこそ、伝えられることがある。偉大な彼らの曲を家で聴きながら、1日も早く日常が戻ることを祈ろう。

高いハードルは『くぐれ』

今日はJimmennusagi(ジンメンウサギ)さんについて語ります。彼の4thアルバム『LXVE 業放草』に収録されている『Tokyo』を聴いていたからというのもありますが(笑)この曲は、サラリーマンが酔いつぶれている駅構内や、電車内での席の取り合いなど、都会の駅でのありふれた情景を描写することで、無自覚なまま「Tokyo」という街に染まっていく様子を表現している曲だ。

現実がどうとかに囚われず、とにかく「やりたいことやる」という姿勢を体現しているジメサギは私にとって尊敬するラッパーで、語り尽くすとキリがない。「こうだから」じゃなくて「こうしたい」で物事を捉えるラッパー、そしてその中でも突き抜けているジメサギ。物事の捉え方を変えることが新しいことを創造する上で大事だということを、私はジメサギから学んだ。

元々ニコニコ動画でラップを配信していた方で、今は自分でレーベルを立てて、プレイングマネジャーとして活動している、異色派なのだ。最近では、AIさんのアルバムに客演参加して、ジャンルの垣根を超えた活躍を見せている(この前マックで流れていて感動)スタイルはすごく柔軟かつ挑戦的で、作品ごとに色んなラップを試していて、特に歌い方が特徴的で、USのトレンドにアンテナを張りつつ、それを上手く消化して自己流に落とし込んでいる。最近では、ラップ界の主流である『トラップ』をコンセプトにしたアルバム『ジメサギ』で、スキルと応用力の高さを証明した。(あまり一概にはいえないけど、売れてるラッパーは自分のスタイルを更新することを厭わない人が多い気がする)

具体的に彼の歌、ジメサギの『やれ』から一部歌詞を引用して。

やれ そのまま前に進め 高いハードルはくぐれ 分からなければググれ

「分からなければググれ」については、これだけハウツーが出回っていて、個人の気持ち次第である程度のことは独学で身につけられる現代において「分からないから」は通用しないし、言ってる間に「ググれ」ってことを言いたいんだと思う。ここもグッときたが、それ以上に斬新だったのは「高いハードルはくぐれ」だ。

この歌詞に入る前にジメサギは「俺も俺のゲームをしなきゃな」って歌ってるんだけど、このリリックを踏まえて「高いハードル」を「誰かが決めたルールに基づく、誰かによるゲーム」と解釈すると、前進するために、目の前のハードルを「飛ぶ」のが無理なら「くぐれ」ばいーじゃん、自分のルールに基づいたゲームしていこうぜっていうメッセージが「高いハードルはくぐれ」から読み取れる。頭が柔らかくないとこういった発想は生まれてこないだろうし、「こうあるべき」で物事を捉えてきた自分にとっては、「良薬口に苦し」といった感じだ。

自称「ラップ界のざわちん」ことジメサギ

今年も注目していきたい

『こうだから』ではなく『こうしたい』

「今こうだから」っていう現状追認じゃなくて、「こうしていきたい」っていう自分達の理想に基づいて現実を変えていこうとする姿勢を、私は多くのラッパーから学んだ。

ラップに出会うまでの私は、周りに「今こうだから」と言われると「そうなんだ」と何の疑問ももたずに素直に従っていた。そうやって生きる方が衝突も、誤解も無く、平穏に過ごせると無意識のうちに感じとっていたのだろう。

大人から言われた通りに過ごす。
友達と横並びで過ごす。

このスタンスで生きれば穏やかな海のような生活を送れる。それに逆らって突っかかっている同級生を見ると「もっと上手くやればいいのに」と思う事もあった。しかし、私の深い深い深部でも得体のしれない感情があり、時にそれは揺れとして表面化する事もあったが、向き合う事なく、それに目隠しをして生きる事を選択した。

大学に入り、ラップに出会って、視界が一気に広がった。今まで目隠しをして見てこなかったが、自分の中にも「こうしていきたい」があったのだ。自分の中にあるものを、臆することなく、感情をぶつけるサイファー。これには素直に憧れる。

自分達のイメージで街を捉えて遊びを生み出していくサイファーは、公園や駅前、ロータリー、高架下に集まる。ただ、サイファーの認知度はまだまだ低く、『ラップ=ガラが悪い』という印象を抱いている人がいるのも事実だ。駅前、ロータリーは他の通行人の迷惑にならないように、公園(特に夜間)は近隣住民に騒音迷惑にならないようにと配慮が必要になってくる。高架下はそもそも人が集まる場所ではなく(高架下に飲み屋などあれば話は別だが)電車が行き来する度に騒音もあるので、サイファーにはうってつけの場所ではないかと思う。このサイトを見ると、今後も高架は増えるだろう。そうなれば、サイファーも集まりやすくなるのではないだろうか。

サイファーとの遭遇

「今日も頑張った自分!」と労をねぎらいながらバイト先の最寄り駅に着いたところで、脇の方から何やら賑やかな音が聴こえてくる。音の方向に歩いて行くと、ビートボックスを囲んで5〜6人の集団がラップをしていた。

噂で耳にしてはいたが、これがいわゆる『サイファー(ヒップホップ)』か。
※サイファーは、複数人が輪になって即興でラップをすることである。(Wikipediaより)

実は私、大学に入学してからラップ音楽が好きになりまして。最初にYoutubeで見たときは、強面の人達がオラついて歌ってるなーくらいの印象だったけど、歌詞から浮かび上がってくる、変に勘ぐらないでシンプルに物事を捉える姿勢に興味を抱くようになり、今では自分でアルバムを購入するくらいどっぷりはまっている(笑)
(1年前の自分にこのことを伝えたら確実に驚くだろう)

ただ、ラッパーのライブはどうしてもクラブ中心になるので中々足が向かわず(こ・・怖い)こうした『リアルな現場』は初めてだったのでとても興奮!このサイファーではどういった言葉の応酬を繰り広げているのか、興味が湧き、でも近くに行く勇気はなく、遠目から様子を眺める。

♪これが俺のやり方 言葉で見せる生き様
♪盛り上げてく地元が最高 馴染みの仲間に溢れる愛情
♪やり方⇄生き様
♪最高⇄愛情

おぉ!韻を踏んでる!!(感動)
自分達で楽しみを見つけていく姿勢は見習わないとな〜と関心。もう少し聞きたかったけど、明日は朝からバイトが入っているので早々に切り上げる。